Wednesday, August 11, 2010

胡桃沢さんのこと

胡桃沢(くるみざわ)さんというひとがいる。実家の近所にひとり暮らしする年配の女性だ。人柄が良く、行動的で活発なので、友人も多い。わたしの両親にとても良くしてくれるひとで、自身が参加したコミュニティーカレッジを勧めてくれたお陰で、父と母は50代にして体育大学へ通い、そこで気の合う仲間にも出会えた。専業農家で、近所にも土地を沢山持っているが、3年前に旦那さんが亡くなってからは手に負えなくなり、石倉さんも農業やってみませんか、と余っていた畑を無料で貸してくれている。両親はおかげで家庭菜園という共通の趣味もできた。本当にいいひとだ、とみんなに言われるようなひとだ。

このあいだ、その畑でじゃがいもの収穫をしていたとき、 「こんなことするの初めてでしょう~?」と、胡桃沢さんが立ち寄ってくれた。私がまた渡米することも知っていて、今度はどのあたりへ行くの?と訊かれ、シカゴから2時間ほどのところです、と答えた後、私は、あ!しまった・・・と思った。

胡桃沢さんは、4年前にまだ当時30代前半だった息子さんを亡くしている。息子さんは有能なひとで、地元でトップクラスの高校を卒業後、大学に進学して、一流企業に勤めていたらしい。婚約者もいて、結婚を控えたある日、突然の心臓発作でアメリカ出張中のシカゴのホテルで帰らぬ人となった。胡桃沢さんは、その息子さんの亡がらを引き取りに、一度だけシカゴに行っている。どんなに無念だったろう。普段は気丈でニコニコしているけれど、あのことだけは、思い出しなくないだろう・・・シカゴ、という地名を意気揚々と口にしたことを本当に悔やんだ。

しかし、次の瞬間、思いがけないことが起こった。胡桃沢さんの顔が、ぱっと明るくなったのだ。「シカゴ!あ~、わたしもう一度行ってみたいんだよね、シカゴ。お線香もあげたいし。」と遠くをみて静かに微笑んだ。目を背けることなく、過去としっかり向き合いながらも、その最も辛い出来事を、もう済んだ過去のこと、として引き出しの一番奥に大切にそっとしまい、しっかりと前を向いて歩いている姿に、私は本当に頭が上がらなくなった。胡桃沢さんと一緒に掘ったじゃがいもは、まだ土の匂いの残る、あったかい田舎の味がした。

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